【SASEとは】SASE導入のメリット・デメリット
メリット(企業がSASEに投資する価値)
セキュリティ:場所を問わない「一元的なポリシー適用」とゼロトラストの実現
- 従来の境界型セキュリティとは異なり、ユーザーが自宅、カフェ、拠点のどこにいても、インターネット向け通信はSSE(クラウド検問所)を通過させることで、均一かつ強固なセキュリティポリシーを強制できます。
- 外部から内部へのアクセスであっても「社内ネットワークへの無条件な侵入」を許さず、ユーザー・端末ごとに最小権限のアクセスのみを動的に許可する「ゼロトラスト環境」が実現可能です。
トラフィック転送の自由度:柔軟なハイブリッドワークへの追従
- SD-WANのインテリジェントな経路制御により、「Microsoft 365などの既知のSaaSは拠点からダイレクトにインターネットへ(LBO)」「社内通信は高確度なSD-WAN網へ」「その他はSSEへ」といった、ビジネスの要求に合わせた動的で自由度の高いトラフィック転送が可能になります。
- 本社やDCへのトラフィック集中による「ネットワークのボトルネック(遅延)」が一掃され、ユーザーの業務快適性が劇的に向上します。
運用管理の一元化と可視化
物理拠点のルータ、VPN機器、各拠点のファイアウォールなど、バラバラだったインフラを「SD-WAN」と「SSE」の管理コンソールに集約できます。「誰が・どこから・どこへ・どんな通信をしているか」がクラウド上で一元的に可視化されるため、トラブルシューティングのスピードが圧倒的に早くなります。
デメリット・障壁(情シスが直面する現実の課題)
コストの点:初期投資(PoC・リプレイス)と運用ライセンスの二重苦
既存のネットワーク機器(VPNルータやUTMなど)の減価償却が終わっていない段階でのリプレイスには大きな初期費用がかかります。また、SD-WANの回線・機器費用に加え、SSEの「ユーザーアカウント数課金(サブスクリプション)」が毎月重くのしかかるため、短期的には「コスト増」に見えやすいのが大きなデメリットです。
設計の難しさ:SD-WANとSSEの「機能重複(被り)」による設計の複雑化
SASE設計においてエンジニアが最も頭を悩ませるのが、SD-WANとSSEの間で発生する「機能の重複(被り)」と、それに伴う「選択肢の多さ」です。
- セキュリティ保護機能の重複: SD-WANエッジ装置単体でも、簡易的なステートフルファイアウォール(ACL)やIPS、URLフィルタリングといったセキュリティ機能(UTM機能)を実装できます。しかし、その後段に控えるSSE側でも、FWaaSやSWG、CASB等によって高度なセキュリティ保護を行うため、双方で機能が完全に重複します。
- ブレークアウト(LBO)機能の重複: 例えば、端末に導入されたSSEのクライアントソフト(エージェント)から、特定のSaaSをSSE網経由ではなく直接インターネットへ抜く「ローカルブレークアウト(LBO)」を発生させたいケース。この場合、クライアントソフト側でのブレークアウト制御だけでなく、足回りのSD-WAN側でも「オーバレイ(VPN)トンネルを経由させずに直接インターネット回線へ逃がす」というLBO制御が必要になり、二重のコントロールが発生します。
- 設計時の選択肢の多さ(アーキテクチャの複雑化): ブレークアウト一つを取り上げても、その制御方式は多岐にわたります。SSE側では「PACファイルによる制御」や「5-Tupleベースの制御」が設計可能であり、SD-WAN側では「DNS判定方式」「DPI(Deep Packet Inspection)方式」「5-Tupleベース」などの制御が可能です。 さらにこれらを組み合わせる場合、「社内でPCを使う時は、SSEのカプセル化処理による通信オーバーヘッド(遅延)を避けるためにSSEエージェントを動的にオフにし、SD-WANの仕組みでLBOさせる。しかし、社外へ持ち出した時は、SSEの仕組み(エージェント)を使ってLBOさせる」といった、利用環境に応じた動的な棲み分け設計まで求められます。
悩みの本質は「ポリシーの割り振りとパケットの落としどころ」です。 「URLフィルタリングやIPsecトンネルの終端は、SD-WANルータ(Cisco等)でやるべきか?それともSSE(Zscaler等)に丸投げすべきか?」という設計判断は、教科書には答えが載っていません。 『セキュリティの一貫性』を厳格に保持しながら、『ネットワークの快適性(低遅延)』も損なわず、かつ『現実的な運用(情シスが管理しきれる設定)』に落とし込む必要があるため、双方の製品仕様と実務を熟知したSASEエンジニアでなければ、最適な適用設計を導き出すことは極めて困難です。アーキテクトの腕次第で、インフラの美しさと運用の手離れの良さが180度変わってしまいます。
ベンダーコントロールとトラブル時の切り分け
「ネットワークはCisco、セキュリティはZscaler」といったベストオブブリード(異ベンダーの組み合わせ)を採用した場合、障害発生時の「責任境界線の切り分け」が極めて難しくなります。
インフラが正常な時は双方のシナジーの恩恵を受けられますが、いざ通信遅延や接続障害が発生すると、「SD-WAN(ネットワーク)の不具合なのか、SSE(セキュリティ)の障害なのか」の判断がつかなくなり、情シス担当者がベンダーの板挟みになるケースが多発します。
例えば、以下のような連携構成をとっている環境を想定します。
- 制御方式: SD-WAN側で「DNS判定方式」によるローカルブレイクアウト(LBO)を実装している。
- 通信経路: 端末からのDNS問い合わせは、一度暗号化トンネルを経由してSSE側のクラウドDNS(またはSSE経由の外部DNS)で解決する設計になっている。
ここで、SSEのDNSサービスに潜在的な遅延や名前解決の障害が発生したとします。
- 端末がSaaSへのアクセスを試みるが、SSE側でのDNS名前解決が失敗(またはタイムアウト)する。
- 名前解決ができないため、足回りのSD-WANルータは「LBOのポリシー(FQDN判定など)」を正しくトリガーできず、結果としてLBO(直接通信)が失敗する。
- ユーザー視点では「特定SaaSに繋がらない(ネットワークの遮断)」という事象に見える。
このとき、一次対応を行うエンジニアや情シス担当者は、画面に表示される「SD-WANルータでのLBO失敗ログないしは通信ログの喪失」ばかりに目を奪われがちです。ユーザー体験としての障害のトリガーがSD-WAN側にあるため、「まさか、全く別のレイヤーである『SSE側のDNS解決の不具合』が根本原因である」という仮説にたどり着くまでに多大な時間を要してしまいます。
マルチベンダー構成では、パケットのバケツリレーが複雑に絡み合うため、一つの製品のログだけを追っていても真犯人に辿り着けません。双方のプロトコルの挙動をマクロな視点でプロファイリングできる「熟練したアーキテクト」が社内、あるいは運用パートナーにいないと、障害発生のたびにビジネスが長時間ストップするリスクを孕んでいます。
組織の壁(ネットワークチーム vs セキュリティチーム)
伝統的な大企業では、「ネットワークを管理する部署」と「セキュリティを管理する部署」が分かれています。SASEはこれらを1つに融合する仕組みであるため、「誰が運用ポリシーを決めるのか」「設定変更の権限はどちらが持つのか」という、技術ではなく社内の組織政治(運用体制の構築)でプロジェクトがスタックするケースが多発します。
まとめ:SASEの成功は、ネットワークとセキュリティの「協調デザイン」にある
ここまでSASEのメリット・デメリット、そしてSD-WANとSSEの機能重複による設計の難しさを見てきました。
一見すると「コストが高く、設計・運用の切り分けも複雑」というデメリットが目立つかもしれません。しかし、ハイブリッドワークやSaaSシフトが進む今、ネットワークとセキュリティを別々に考える「部分最適」のインフラはすでに限界を迎えています。
SASE導入を成功させる最大の鍵は、「ネットワーク(SD-WAN)とセキュリティ(SSE)を、最初から1つの協調システムとしてデザインすること」にあります。
この複雑な設計を乗り越えた先には、現場のユーザーの業務快適性が劇的に向上するという最大のメリットが待っています。
- 圧倒的な業務快適性:自宅でもオフィスでも、VPNの切断などを意識せず、常にシームレスでストレスフリーな動線が手に入ります。
- SaaSの「遅い・重い」からの解放:SD-WANによる最適ルートとSSEの高速処理により、クラウドサービスへ快適にアクセスでき、生産性低下を根本から解決します。
- 「守り」と「利便性」の両立:強固なゼロトラストのセキュリティを担保しつつ、ユーザーの足回りを犠牲にしない環境を同時に実現できます。
ネットワークとセキュリティの境界線が消えゆく今、「1つの協調システム」として全体をデザインすることこそが、これからの時代を生き抜く強いインフラを構築するための正攻法です。


