【SASE実践】[障害シナリオ] ZTNAとSD-WANの経路競合とそれを防ぐ「ロケーション認識」
以前のいくつかの記事でも、SASEを導入するにあたって「社内環境と社外環境の使い分け」がいかに重要かという点について触れてきました。
今回はそこからさらに一歩踏み込み、現場のインフラエンジニアが最も頭を悩ませる実務レベルの課題――「ZTNAエージェントとSD-WANルーターの経路競合」のメカニズムと、その解決策である「ロケーション認識」の具体的な設計テクニックについて、どこよりも詳しく深掘りして解説します。
現場で起きる悲劇:なぜオフィスにいるのに通信が「超遠回り」するのか?
この障害は、「昨日まで在宅ワークをしていて、今日そのままオフィスに出社したユーザー」のPCで高確率で発生します。
ユーザーから「出社した途端、社内システムへのアクセスだけが激重になった」「社内アプリのセッションが頻繁に切れる」という申告があった場合、バックエンドのネットワークでは以下のような「ルートの奪い合い」が起きています。
正常な在宅ワーク時のルート
在宅環境では、PCにインストールされたSSE接続エージェント(Zscaler Client Connectorなど)が、社内システム宛て(例:10.0.0.0/8)の通信をキャッチし、安全な暗号化トンネルでSSEクラウドへ送ります。
- [端末] → [インターネット] → [SSEクラウド] → [ZTNAコネクタ] → [社内システム]
オフィス出社時に起きる「Uターン現象」
本来、オフィスに出社している状態であれば、足元のローカルネットワークから、オフィスのSD-WANルーターの拠点間VPNを経由して、社内システムへ直接アクセスするのが最短ルートです。
しかし、端末のエージェントが「社内宛ての通信はSSEに送るべし」というルールを強力に握りしめたままだと、どうなるでしょうか。
- [端末] → [オフィスのLAN] → [一度インターネットに出てSSEクラウドへ] → [社内のZTNAコネクタ] → [社内システム]
オフィスにいるにもかかわらず、わざわざ一度インターネットに出てクラウドを経由して足元の社内に戻ってくるという「大いなる無駄(Uターン現象・ヘアピン通信)」が発生します。これが劇的な遅延やパケットロス、セッション切断を引き起こす犯人です。
解決策:端末に「今、オフィスにいるよ」と気づかせる(ロケーション認識)
この経路競合を根本的に防ぐための機能が、SSEエージェントに備わっている「ロケーション認識(Trusted Network Detection)」です。
これは端末が「今、自分が会社の信頼できるネットワーク(オフィスLAN)にいるか、それとも自宅やカフェにいるか」を自動で判定する仕組みです。
- 判定の結果「オフィスにいる」と分かった場合:端末のエージェントは自動的にZTNA機能(特定のトンネル)をOFFにします。
- 通信のコントロールを譲る:これにより、社内システムへのルーティングはオフィスの賢い「SD-WANルーター」側に一任され、無駄のない最短ルートでの通信が可能になります。
よくある「DNS判定」だけで運用するリスク
では、エージェントはどうやって「ここは会社だ」と判定しているのでしょうか。
最もメジャーで設定が簡単なのは、「DHCPから払い出されるDNSサーバーのIPアドレス」や「特定の社内DNSサフィックス(接続ドメイン名)」を条件にする方法です。
例:「端末に払いだされたDNSサーバーが
192.168.11.1の場合、オフィスとみなす」
一見これで完璧に思えますが、これ単体の条件(単一条件)で設計すると、運用後に罠にハマる可能性があります。
「たまたまユーザーが自宅で使っている市販ルーターのIPアドレスや、外出先のWi-Fi環境が、社内のDNSサーバーのIPアドレスと奇跡的に被ってしまう」というケースが実務上ネットワークを大規模に展開すると一定数発生するからです。
もし自宅なのに「社内にいる」と誤判定(誤バイパス)されてしまうと、今度は在宅環境から社内システムに一切繋がらなくなるという、逆パターンの重大な障害を引き起こします。
ロケーション認識に使える条件一覧と「掛け算」設計のベストプラクティス
例えばZscalerの接続エージェント(以下ZCC)では、端末が「社内ネットワーク(Trusted Network)にいるか」を判定するために、非常に多彩なトリガーが用意されています 。
公式ドキュメントによると、主に以下のような要素を判定基準として利用できます 。
ZCCで利用可能な社内判定要素
| 設定項目 | 概要 | 実務での評価・注意点 |
| Network Name | 接続しているWi-FiのSSID名など。 | 自宅のSSIDと同じ名前に偽装されるリスクがあるため、単体利用は非推奨。 |
| DNS Servers | 払い出されているDNSサーバーのIPアドレス。 | メジャーな判定方法だが、自宅ルーターのIP(192.168.1.1など)との重複に注意。 |
| DNS Search Domains | DNS検索サフィックス(例: yourcompany.local)。 | 企業特有のドメインを指定できるため、信頼性が高い。 |
| Hostname or IP | 特定の社内ホストにPingが通るか、またはIP。 | 社内限定のWebサーバーなどを指定すると有効。 |
| Network Range | 端末に割り当てられたIPアドレスの範囲。 | 自社のオフィスセグメント(例: 10.x.x.x)を正確に指定可能。 |
| Default Gateway | 接続しているネットワークのデフォルトゲートウェイ。 | ルーターのIPやMACアドレスを条件にできる。 |
| DHCP Server | DHCPサーバーのIPアドレス。 | 社内のDHCPサーバーを指定。これも自宅ルーターとの重複リスクに注意。 |
| Egress IP | 端末がインターネットに出る際のグローバルIP。 | オフィスの固定グローバルIPを指定。最も確実だが、拠点が多いと管理が煩雑に。 |
設計のベストプラクティス
これだけ多くの条件がありますが、前述の通り「1つだけの条件(例: DNS Serversだけ)」で設計するのは少し危ないです。
実務で誤判定を防ぎつつ、運用管理の手間を最小限に抑えるための掛け算(AND)構成は以下の組み合わせです。
【推奨設定パターン】
- DNS Search Domains(自社専用ドメイン)※これだけでも十分
- AND
- Network Range(オフィスのローカルIP帯) または DNS Servers(社内DNSのIP)
このように、「外部からは絶対に名前解決できない社内ドメイン(DNS Search Domains)」という論理的な条件に、「自社が管理しているオフィスのネットワークセグメント(Network Range)」という物理的な条件を掛け合わせることで、自宅のWi-Fiやカフェの環境と「奇跡の一致」を起こすリスクを完璧に排除できます。
まとめ:SASEと既存NWの「境界線」は初期に作り込む
ZTNAは境界型セキュリティを壊す素晴らしいソリューションですが、オフィスのSD-WANや拠点間ルーターといった「既存のネットワーク資産」と綺麗にバトンタッチさせてあげないと、ユーザーに不便を強いる結果になってしまいます。
「社外ではセキュアに、社内では最適ルートで高速に」を両立させるために、SASEの設計フェーズでは今回ご紹介したロケーション認識の条件を最初から「掛け算」で組み込んでおくことをおすすめします。

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