1. SASE(SD-WAN × SSE)

【SASE実践】[設計] [通信経路] PACファイルのバイパスとLBOの整合性を保つ方法

buffoon

SASE(SD-WAN+SSE)の導入でよくあるトラブル「特定のアプリだけ通信が遅い」「LBOしたはずなのにプロキシに吸い込まれる」の原因は、端末側のプロキシ制御(PAC)とルーター側のルーティングの不整合にあるケースが多いです。

本記事では、SSEの制御で一般的に使われる「PACファイル」による制御に絞り、SD-WANとどう連動させるべきかの基本方針を解説します。

そもそも制御の「レイヤー」が違う

まずは読者の頭を整理するために、SD-WANとSSEのキャラクターの違いを解説します。

  • SSE(プロキシ/DNS):主にL7(アプリケーション識別、ユーザー認証、コンテンツ検閲)を制御。ブラウザやクライアントが「プロキシ(≒SSE)の宛先」を認識する。
  • SD-WAN:主にL3(IPパケット)/ L4(ポート番号)で経路を制御。ルーターが「パケットの宛先」を認識する。
    ※一部DPI(L7)でも識別可。

結論としては、端末が認識する宛先とルーターが認識する宛先を「綺麗に連動(同期)」させることがSASE設計の肝になります。

【ケーススタディ】PACファイルとLBOの不整合が引き起こす「悲劇」

M365(Microsoft 365)などの重い通信を、SSEを経由させずに拠点から直接インターネットへ抜く(LBO:ローカルブレイクアウト)設計を例に、ありがちな失敗パターンを見てみましょう。

① 端末側の挙動(PACファイルの処理)

まず、端末のブラウザやエージェントはPACファイルを参照します。 「M365宛ての通信はプロキシ(SSE)をバイパスする(Return Direct)」という記述があるため、端末は「この通信はプロキシを通さずに、普通のIPパケットとして直接宛先に送ろう」と判断します。ここまでは狙い通りです。

② ルーター側の挙動(SD-WANの落とし穴)

問題は、パケットを受け取った拠点SD-WANルーターの動きです。 端末から「宛先:M365のIPアドレス」の生パケットが届きますが、もしルーター側に「M365宛てなら直接インターネット(LBO)へ出す」という明確なポリシー(スタティックルーティングやアプリケーション識別設定)が同期されていないとどうなるでしょうか?

ルーターは、一般的なSASE拠点の定石通り、「宛先がよく分からない通信は、とりあえずデフォルトルートの向いているSSE(IPsecトンネル)へ転送しよう」(あるいはセンター拠点へのVPNへ迂回させよう)と処理してしまいます。

× 結果として起こる「不整合の悲劇」

  • 端末:「SSEを通したくないからバイパスした」
  • ルーター:「行き先が分からないからSSE(またはセンター)へ送った」

このボタンの掛け違いにより、バイパスしたはずの通信が結局SSEのトンネルに吸い込まれたり、センター拠点の回線を詰まらせたりするという、意図しない経路への転送が発生します。「設定したはずなのに、なぜかM365が遅い…」というトラブルの正体は、まさにこれです。

ちょっと深掘り(予告):DNS判定方式の罠 SD-WANルーターがDNS判定方式でLBOする場合、端末が参照するDNSサーバーの配置(拠点LAN内なのか、SD-WAN越しなのか)によって、正常にLBOできないケースがあります。これについては、また別の記事で詳しくまとめます。

「ログイン前・後」で変わる挙動とオンプレ経路の注意点

SSEのクライアントエージェント(Zscaler Client Connectorなど)を利用する場合、実は「SSEにログインする前」と「ログインした後」で、端末に適用されるPACファイル(プロキシ制御)が切り替わる仕様になっていることが一般的です。

この挙動の変化を頭に入れておかないと、「PC起動直後に社内システムに繋がらない」「ログイン画面が出なくてSSEにログインすらできない」という致命的なトラブルを引き起こします。

① 「ログイン前」の挙動と落とし穴

PCを起動した直後、まだユーザーがSSEにログインしていない状態です。

  • 端末の動き:一般的には「ログイン前専用のPACファイル」が適用されるか、もしくはプロキシ制御がまだ「オフ」のままで動作します。この時の通信は、すべて生パケット(L3/L4)としてネットワークに送出されます。
  • 注意点:この時点で、端末はActive Directory(AD)サーバーにサインインしたり、社内DNSで名前解決をしたり、あるいはSSEのログイン画面を表示するためにインターネット上の認証サーバー(Entra IDなど)にアクセスしたりする必要があります。これらが「ログイン前」の状態で正常にルーティング(既存の閉域網やオンプレ経路経由で)通信できるよう、SD-WANルーター側で受け皿を作っておく必要があります。

② 「ログイン後」の挙動と切り替えの罠

ユーザーが認証を済ませ、SSEに無事ログインした状態です。

  • 端末の動き:本番用の「ログイン後PACファイル」に切り替わります。これにより、インターネット宛ての通信は原則としてすべてSSE(IPsecやTLSトンネル)に吸い込まれるようになります。
  • 注意点:ここでPACファイルの書き方に不備があると、さっきまで繋がっていた「既存のオンプレミスサーバー(社内リソース)」への通信までSSE側に吸い込まれてしまいます。オンプレ側のプライベートIPアドレスや社内ドメイン(.local など)は、必ずPACファイル内で Return Direct(バイパス)と宣言し、SD-WANルーター側でも適切にオンプレ拠点へルーティング(対向の拠点へVPNや専用線経由で転送)されるように整合性を取らなければなりません。

設計者に求められる視点

設計者は、以下のフェーズや通信要件ごとに「PACファイル(L7)」と「ルーターの経路(L3/L4)」の組み合わせがどう連動するか、全体像を完全に把握しておく必要があります。

フェーズ / 通信対象① 端末側の状態(PACでの判定)② ルーター側の設計(SD-WAN / NW)主な対象通信・目的
【1-A】ログイン前
(直接ネットに出れる環境)
ログイン前PAC(または制御なし)
生パケットで送出
既存のオンプレ経路へ + 認証URLのみインターネットを許可ADサインイン、社内DNS、SSE認証画面の表示
【1-B】ログイン前
(直接ネットに出れない社内)
ログイン前PAC ➔ 社内プロキシ宛てに変形
(社内プロキシのIPが宛先)
既存のオンプレ経路へルーティング直接の外部通信が禁止された社内で、SSEの認証画面やIDPへアクセスするため
【2】ログイン後
(通常のインターネット)
本番PAC ➔ SSE宛てに変形
(プロキシのIP/FQDNが宛先)
SSE向けのトンネル(IPsec等)へ転送
(一括でセキュリティ検閲へ)
一般的なWebサイト閲覧、各種SaaS
【3】ログイン後
(特定SaaS / 高速化)
本番PACでバイパス
Return Direct ➔ 生パケット)
DNS判定方式などでLBO(直接ネットへ)M365など、SSEを避けて遅延を減らしたい通信
【4】ログイン後
(社内オンプレ宛て)
本番PACでバイパス
Return Direct ➔ 生パケット)
既存のオンプレ経路へルーティング社内システム、Active Directory、社内業務サーバー
【5】ログイン後
(社内プロキシ経由)
本番PAC ➔ 社内プロキシ宛てに変形
(社内プロキシのIPが宛先)
既存のオンプレ経路へルーティング認証の都合等で、どうしても既存の社内プロキシを通したい特定の通信

「SSEに繋がりさえすればOK」ではなく、ログイン前後どちらの状態であっても、既存のオンプレミス環境と一貫して通信が途切れないこと。これが、既存資産を抱える企業ネットワークにSASEを組み込む際の隠れた最重要ポイントです。

まとめ:SASE設計で迷子にならないための3大原則

端末側(L7/プロキシ)の制御とルーター側(L3/L4/ルーティング)の制御は、放っておくとバラバラに動きます。これらを美しく調和させ、トラブルのないSASE環境を構築するための「3大原則」をまとめました。

  1. 例外(バイパス)を作るなら「セットで定義」する M365や特定のVPNなどでSSEをバイパスさせる場合は、必ず「端末(PAC:Return Direct)」と「ルーター(SD-WAN:LBO/専用経路)」の両方に同じポリシーを定義してください。片方だけの設定変更は、通信がデフォルトルート(SSEトンネル等)へ吸い込まれて詰まる原因になります。
  2. 「変形された後の宛先IP」を意識する 端末がPACファイルを参照した時点で、パケットの宛先IPは「SSEのIP」や「社内プロキシのIP」に変形されているケースがあります。ルーターのルーティング設計時は、ブラウザの最終目的地ではなく、「ルーターに飛び込んでくる生のパケットの宛先IPが何か」を必ず把握してください。
  3. 「ログイン前・後の挙動」を最初から要件定義に入れる PC起動直後のADサインイン、社内DNS、SSEの認証画面へのアクセスなど、「SSEにログインする前の空白の時間」に流れる通信経路を社内LAN(プロキシ必須環境など)とテレワークの両パターンで、初期段階から先回りして設計しておくことが大事故を防ぐ鍵です。

先手を打った設計こそが、最大のトラブルヘッジ

SASEの設計はパズルのようなものです。導入後に「どこか特定の通信だけが異常に遅い」といった原因特定の難しい問題を起こさないためにも、「プロキシ(PAC)とルーティング(SD-WAN)の連動」は、必ず設計の初期フェーズから整合性を確保しておきましょう。

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管理人
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自称SASEエンジニアです。 2児の父親をやりながら、日々エンタープライズ向けの次世代ネットワークインフラと格闘しています。一日一投稿を目標に投稿頑張りますので、是非読んでください!
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